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  • 執筆者の写真SOH

ジェイコブコーヒー物語

近所にあるカフェで店主のジェイコブと話すこと。


それが私の出勤前のルーティンだ。


彼は誰よりも私の話をよく聞いてくれる。


私にとって、彼との会話はハードな仕事へ行く前の精神的栄養補給だ。


ジェイコブコーヒーがあるのは田舎の片隅。


それにも関わらず、朝の7時から営業している。


私はいつも、お店がオープンするのと同時に入店し、いち早くカウンター席に座る。



ただの朝食ではない
ただの朝食ではない


「いつものを。」と言うと、ラケル(ジェイコブの奥さん)がバナナパンケーキを鉄のフライパンで焼きはじめる。


ジェイコブは丁寧にコーヒーをドリップする。


ジェイコブがコーヒーを私の方に差し出すのと同時に会話(精神的栄養補給)がスタートする。


これまで、仕事、趣味、スポーツ、政治、、、様々なことを話してきた。


だが、ある日を境に会話の話題が変わった。


より価値ある会話となっていった。


もちろん、以前の会話が無駄であったと言いたいわけではない。


じゃがいもでいえば、以前の会話はポテトチップスで新しい会話は肉じゃがだ。


以前の会話はポテトチップスのようにバラエティに富み、楽しいものだったし、これからも必要だ。しかし究極的には重要なものではない。


新しい会話は、肉じゃがのように奥が深く、からだに良いもので、私に必要な真の栄養を与えてくれた...


「カズキ。調子はどうですか。」コーヒーを置いてからジェイコブは言った。


「まあまあです。」これといって、話したいことが思い当たらなかったので、店を見渡して言った。「ところで、ジェイコブはこのカフェの壁1面に広がっている本を全部読んだのですか?」



コーヒー豆よりも本の方が多いコーヒーショップ
コーヒー豆よりも本の方が多いコーヒーショップ


「もちろん全部読みました。これまでの人生70年、ここにある本だけではなく、ありとあらゆる本を読んできました。ローマの哲学者キケロは  ‘‘本のない部屋は、魂のない肉体のようなものだ。’’と言ったといいますが、それは一理あると思うんです。」


「そんなインパクトあることを古代ローマ時代の人間がおっしゃっていたのですね。驚きです。そういえば…」ネットサーフィンしている時にブックマークしていた記事を思い出して、スマートフォンを取り出した。


「私は本よりもグーグルを読むことが多いのですが、この間読んだ記事によれば、ある会社のオフィスに『世界には1億2986万4880冊の本があります。あなたは何冊読みましたか』という文言のポスターが貼ってあるそうです。この数値が正確であれば、本を1万冊読んでも全世界の蔵書の0.007%を読んだに過ぎないということになります。しかも、こうしている間にも新しい本が次々と出版されます。」


少し考えてジェイコブは言った。「なるほど。そう考えると私が読んだ本は本当にわずかですね。本当に価値のある本を見極めなければなりません。カズキはどのようにして価値ある本を見極めますか?」


バナナパンケーキを頬張りながら私は答えた。「『今でしょ!』で有名な林先生がテレビで言っているのを思い出しました。彼曰く、‘‘良い本’’は最初の1ページを読めばわかるといいます。著者が魂を込めて書く最初の1ページ。特に最初の1行目がどれだけインパクトあるものかが‘‘良い本’’を見つけるコツだと言っていました。例えば、夏目漱石の『吾輩は猫である』この名著の書き出しは『吾輩は猫である。名前はまだ無い』と非常にインパクトのある短文です。」


「素晴らしい。本当にその通りだと思います。それから、世界中で読み親しまれている「本を読む本」の著者は、読み手にとって難しいと思えるような本でなければ、良い本とは言えないといいます。」少し間を置いて、ジェイコブは言った「そんな本、あると思いますか?」


「最初の1行目にインパクトがあって、読み手にとって、難しいと思わせる本。なんでしょうね〜。」


私がバナナパンケーキの最後の一口を食べながら考えていると、ジェイコブとラケルが同時に言った。


「聖書です。」


もっと話したかったが、仕事へ行かねばならなかった。

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